
私の実家には、3匹の猫がいました。
母猫のルクと、身体が小さくてやんちゃな息子のクル、そして身体が大きくて物静かな兄弟のククです。
名前は、当時まだ幼かった兄が命名したようです。
ペットと言われると、家族も同然という人もいれば、ペットと家族は違うという人も居るのではないかと思います。
価値観は人それぞれかと思いますが、私はペットも家族として捉えています。
実家の3匹の猫は私が生まれた時からずっと一緒に育ってきているので、兄弟のように一緒にいるのが当たり前の存在でした。
ペットを飼うことは、言葉が通じないからこそ相手の表情や態度から感情を読み取ろうとする姿勢や、思いやりの心を学べる一方で、いつかは先立ってしまう悲しさがつきまといます。
実家にいた猫たちの、それぞれの生き様

私が高校一年生のある日、母猫のルクが野良猫と喧嘩して、悪い菌をもらってしまったようで、徐々に身体が衰弱していきました。
ご飯を食べられなくなり、起き上がれなくなってしまっても、常に手足はどこかへ歩いていくかのように動いていて、まだ生きたいと言っているようだったのが今でも印象に残っています。
ですが、人間もペットも一緒で、ついこの前まで元気だったのが嘘のように、亡くなる時はガタガタっと急速に容態が変化していくものです。
間もなくルクは亡くなり、当時部活動で悩み不登校になっていた私は、部活を辞めて家で残りの2匹の猫たちとの時間を大切にしながら過ごすようになりました。
その後、1年も立たずに、クルも後を追うように亡くなってしまいました。
ルクが亡くなった後は、ククの兄貴分みたいに、小さい身体で大きな弟を引っ張る姿が愛おしいなと思い、そんな日々がこのまま続いていけばいいなと思っていたある日。
やんちゃでビビリのクルが、ルクと喧嘩した野良猫を自ら追いかけて、激しい喧嘩をしてしまったのです。
いま思えば、きっと母親の仇討ちというような思いがあったのではないでしょうか。
クルは帰ってきたものの、ルクと同じように、徐々に身体が衰弱していき、亡くなってしまいました。
勇敢に立ち向かっただけに、もっと何とかしてあげられなかったか、守ってあげられなかったのだろうかという想いが、今も強く残っています。
その後、残ったのはククだけになってしまいました。
野良猫は保健所送りになったようで、残りの時間はククと穏やかに過ごしていましたが、当時ククも既に10代後半。
人間で言えば、80代〜90代のおじいちゃんです。
私は高校を卒業して福岡の大学に進学しましたが、進学後間もない大学1年生のゴールデンウィークに帰省した際、ククは老衰で起き上がれなくなってしまっており、ご飯や水も喉を通らなくなってしまっていました。
死期を察し、母親と2人で一晩中ククに付き添いましたが、気がついたら寝てしまっており、起きた時にはククはひっそりと息を引き取っていました。
2人の息子を持つ母猫として、最後まで強く生き抜こうとしたルク。
身体が小さくて普段は臆病なのに、母親の仇を討とうと勇敢に立ち向かったクル。
心配する母と私の気持ちを察したのか、最後まで穏やかに、そして静かに息を引き取ったクク。
3匹とも、それぞれの生を、立派に全うしたのではないかと思います。
そして、私は彼・彼女らから命の尊さを学んだからこそ、今の自分があるのだと思っています。
一番つらい時期に、私を支えてくれた一羽の相棒
実家の猫たちを亡くしてから、動物園などで触れ合い体験をする機会はあったものの、新たにペットを飼おうという気は起こりませんでした。
それから数年が経ち、私も20代中盤でバリバリ働いていたある日、仕事でうさぎのブリーダーさんと出会いました。
最初は仕事の取引先でしたし、うさぎも可愛いなぁくらいにしか思っていませんでしたが、そのブリーダーさんの元で出会ったのが、パンダ柄のパムくんでした。
良い子がいたらご縁があるかもとは考えていましたが、お鼻のハート柄に一目惚れして、思わず即決してしまいました。

26歳の時にパムと出会ってから約8年、長く濃い付き合いになりました。
初めは元妻と3人で、直に子どもを授かり、4人での生活になっていきましたが、元妻とは約一年の別居を経て離婚することになりました。
子どもは元妻と、パムは私と一緒に暮らすことになり、そこからパムと共に約5年間、ずっと一緒にいたような感覚ですが口にしてみるとたった5年か…と感じるような濃い時間を過ごしてきました。
当時は私もまだ若く、平日は夜中に帰ってくるのが当たり前、休日も社会人サークルなどに参加して家を空けることが多かったのですが、帰ってきたらいつもパムがいました。
私が帰ってくると決まってケージに張り付き、「早く!ご飯!!よこせ!!!」と言わんばかりに、圧を掛けられていました。
どれだけ疲れて帰ってもパムと過ごした約5年間、家に帰ってからの日課はパムのご飯とお水の補充でしたので、未だに「あれ、パムにご飯あげたっけ…お水の補充は?」と、夢に出ることがあります。
一人になってみて感じること
その後、パムは2021年の12月10日に亡くなりました。
同年の8月頃から急にてんかんを起こすようになり、病院にも通いましたが原因がわからず、徐々に歩くことや、ものを食べることができなくなっていきました。
MRIなどの検査を受けるという方法もありましたが、知らない人に何をされるかわからない恐怖や不安に耐えながら治療を受けさせるよりも、できるだけ変わらない生活を送らせてあげたかったのです。
12月24日のクリスマスイブがパムの誕生日だったので、そこまで頑張ってくれたらとも思いましたが、最後の方は私もほぼリモートワークで付きっきりで看病をさせてもらい、パムも最後まで一生懸命に生き抜いてくれたのではないかと思います。
離婚をしてからの数年間は、私にとって人生の中で一番つらい日々でした。
元妻とも話し合い自らの意思で選択したことですし、嫌なことばかりではありませんでしたが、周囲の人間関係に恵まれて助けてもらった一方で、自分の嫌なところを全部突きつけられてきたような感覚です。
“生きづらい”と感じたり、自分に自信がないと感じる日々でしたが、それを乗り越えて今の自分があるのは、間違いなくパムがいつもそばに居てくれたおかげです。
パムからすれば、私が仕事に出ていっても誰か家族が家にいて、夜も遅くならずに帰ってきてくれて、もっと贅沢をさせてくれる飼い主のほうが幸せだったかもしれません。
ですが、私はパムがいてくれなかったら今こうして生きてすらいないかもしれませんし、完璧な飼い主とはほど遠いかもしれませんが、2人きりだったからこそ最大限の愛情を注いで過ごしてこれたのではないかと思っています。
今はパムに生かしてもらったこの命を、精一杯使い切らないといけないという風に感じています。
そして、実家で一緒に過ごした猫たちのように、最後を迎えるその瞬間まで、自分らしい生き方を全うしたいと考えています。
この感情を一言で表すとなんだろうと考えてみた時に、直感で「尊」という一文字が浮かんできました。
私にとってペットとは尊い存在であり、尊敬の対象です。
人間より短い生を、精一杯生きるその姿から、私は多くのことを学んだと思っています。
そして、なんだか今でもこの写真のような感じで見られているような気がするので、ちゃんと生きていかないといけないといけない、という想いです。
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思えば、私は人生の半分以上を、ペットがいる環境で生きてきました。
飼い主として立派に務めを果たすことができていたかどうかは分かりませんが、少なくとも彼・彼女たちへの愛情は本物のつもりです。
だからこそ、ペットと暮らす方の心配ごとや悩みにも、寄り添うことができるのではないかと思っています。
ペットのこととなると、周りの理解を得られるかわからない、誰にも相談できないということもあるのではないでしょうか。
もしもペットのことでお悩みの方がいらっしゃいましたら、どんな些細なことでも構いませんので、まずはお気軽にご相談ください。
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