
就活をしていた当時、私は福祉系の大学に通っていましたが、就職は一般企業にすると決めていました。
中学や高校ではボランティア活動に行くなど、福祉は興味・関心が高い分野であった一方で、2010年当時はかなり給料が低かったのです。
福祉は社会貢献度の高い分野ですので、やりがいは間違いなくあったのではないかと思います。
一方で、私の中では低賃金でも福祉の分野で頑張っていくほどの情熱が持てず、大学で福祉の勉強をする中でも、どこか違和感を感じていました。
その違和感と向き合う中で頭から離れなかったのが、中学生の時に経験した祖母の自殺でした。
「あの時、どうすれば防げていたのだろうか?」
自分の中にあった違和感を解きほぐしていって、最後にたった一言残ったのが、この疑問でした。
この疑問が、私が産業カウンセラーを学ぶキッカケとなります。
大学4年生から産業カウンセラー養成講座に通い、心理学や傾聴について学びました。
そして、産業カウンセラーとして培った聴く力を、就職後も生かしていきたいと思い、営業や人事を志望しました。
ですが、リーマンショックの影響もあったのか、20〜30社受けて全滅という散々な結果に。
ギリギリまで就職が決まらず、4年次の3月頭にようやく内定をいただいたのが、佐賀市の社員10名ほどの広告代理店A社でした。
思えば、この頃から私はずっと何かしらの形で「広告」に関わる仕事を、意図せずに続けてきました。
新卒で就職したA社で社会人としての基礎を構築
A社では3ヶ月間、フリーペーパーを中心とした飛び込み営業を経験しました。
ですが、その間にいただいた契約は1件だけ、飲食店からの小さなクーポンの掲載枠のみでした。
一度は試用期間で終了となりかけますが、ちょうど会社が某携帯電話の販売代理店を始めることになり、「営業じゃ使い物にならんからそっちに行け!」と、何とか首の皮一枚つながりました。
そこから接客業として心機一転、2つの店舗の立ち上げに携わることになり、叱咤激励を受けつつも何とか1年間、続けることができました。
1年で退職した理由は、やりがいを感じることができなかったからでした。
いま振り返ってみると、私にとってのやりがいは一貫して「誰かの役に立てる自分であること」なのです。
携帯電話の販売は売ってそれっきりということも多く、機種変更や修理受付などのアフターフォローでご来店いただくお客様も、どちらかというと不満を持って来られることがほとんどでした。
また、業務が「毎月どれだけ売れるか」というルーチンの業務になってしまったのも、一因だったのではないかと思います。
店舗で過ごしていると時間が流れるのがとても遅く感じ、仕事の内容も一度覚えてしまえば、そう難しいものではなく、他の会社でも通じるような専門性が身につくわけでもありませんでした。
ただ、当時新卒で右も左もわからなかった私を採用していただき、社会人としての基礎が身につきやすい接客業をさせていただいたことは、間違いなくいまも活きていると思います。
店舗責任者も務めさせていただき、在庫管理や勤怠管理などの業務をする中で、人や商品の管理という、マネージャーになってからも通じる経験をさせていただきました。
その後も職種は様々変わることになりますが、一貫してお客様に直接関わる仕事をしてきており、最初に接客業を経験させていただいたからこそ、何とかやってこれたのだと思います。
B社でWebサイトの制作〜運用までの一連の流れを経験
その後、現職でもあるB社に入社することとなります。
本当は人材派遣や転職支援などの人材系の会社を希望していたのですが、なかなかご縁がなく、理念を見てなんとなく良さそうだと思ったB社に採用していただきました。
正直なところ当初は「3年保てばいいほうかな」「経験を積んで人材系の会社を目指そう」などと思っていましたが、いまとなっては、こんなに続くなんてビックリです。
最初はWebディレクターとして、お客様のWebサイトを制作する際に、その進行を統括する立場を経験させていただきました。
その後、人事異動でカスタマーサポートへ。Webサイトを運用する側に立つことになりますが、ここで何でもかんでも仕事を受けすぎてパンクし、うつ病を発症することになります。
2ヶ月の休職後、前よりも少しだけ要領が良くなった私は、会社から何度か表彰をしていただいたり、課長代理まで昇進をさせていただくことになります。
職域もCRMとして、既存顧客への提案や能動的なフォローが中心になっていったり、ストレスチェックが義務化された際は実施者として産業医の選定からフローの構築まで一任していただいたりするなど、裁量も広がっていきました。
ルーチンワークではなく毎年職域が変化していき、新しいことにどんどんチャレンジできる環境は成長を実感できますし、自分に合っているのだと思います。
そんな日々でしたが、プライベートでの離婚や、30代という年齢的な転機を迎えて、改めて人材系の会社で働きたいという想いが強くなりました。
2015年にはキャリアコンサルタントの資格を取得し、準備も万全でした。
結果的には一度転職し、出戻りでB社に戻ってくることになるのですが、私は人材系の会社への憧れを捨てることができず、2度目の転職をすることになります。

人材派遣会社C社でやりたい仕事に就くも…
2度目の転職で入社した人材派遣会社C社は、中途採用でも入社時に2週間の本社研修があり、何人か同じ部署の同期ができました。
いままでの会社で同期という存在にご縁がなかった私にとって、同期という存在はいまでも印象に残っています。
営業職でしたのでノルマには厳しかったのですが、働く人と採用する企業の間に立って仕事をすることは、私にとってやりがいを感じられる時間でした。
そんなやりがいを感じられる時間が急転直下したのは、入社して数ヶ月たったある日のこと。
支店長に呼び出された私は、同じ九州エリア内の他の県へと、辞令を言い渡されたのです。
サラリーマンをしていれば、よくあることなのでしょう。
ただ、私は当時まだ会いに行っていた子どものこともあり、福岡を離れたくないと思っていました。
面接の時にもその点は確認していたつもりでしたが、私の伝え方が曖昧だったのか、面接時の上司が異動になっていたからなのか、理由は定かではありませんがコミュニケーションエラーが起きてしまったのです。
結果として、私は事情を正直にお伝えし、解雇も辞さないつもりで辞令をお断りしました。
それによって他の人が異動せざるを得なくなることもわかっていましたが、同じ九州内とはいえ遠方になってしまい、今までのように子どもに会えなくなるのは避けたかったのです。
その場は解雇になることもなく、続けることができたのですが、それ以降もどんどん退職や異動による、人の出入りの嵐。
在職していた1年間で支店長は計4人、3度変わりました。
そこで感じたのは、人材業界の特異性です。
他の業界と比べて特に人が鍵を握る業態だからこそ、優秀な人や期待されている人材が活発的に異動されるし、働く人もそういう環境に慣れていくと、より条件の良い会社にフッ軽に転職していく。
そうしてどんどん人が循環していく環境だからこそ、某R社のような優秀な人材や経営者を多数輩出する会社も出てくるのでしょうし、業界全体としては勤続年数が他の業界より短くなっていくのだなと、実際に転職してみたからこそ良い面も悪い面も知ることができました。
ですが、正直なところ福岡を離れたくない気持ちが強く、最後の転職のつもりで墓を埋める覚悟だった私にとって、この業界は合わないなと感じてしまいました。
B社にカムバックして感じていること
B社を退職した時は比較的、円満退社だったと思っています。
辞める時には「何かあったら戻ってこいよ。」みたいなことも、言われていたように記憶しています。
その時は全く戻るつもりがありませんでしたが、C社で現実を見た私は、元上司に連絡をとりました。
「流石に早すぎないか。」と叱られましたが、結果的には出戻りさせていただくことになり、新設した広告関係のチームに配属となりました。
そこから実績を積んで、今では課長としてマネジメントも経験させていただいています。
思えば、C社に転職した時は理想ばかりを思い描いていて、業界や会社の調査や、客観的な視点が足りなかったと思います。
ある意味C社に対しても、B社に対しても、どちらにも準備不足で失礼なことをしてしまいました。
一度そういった経験があったからこそ、もう転職はしないものと思っていましたが、私も今年で39歳。
40歳という節目の年齢を前に、迷っているのが正直なところです。
そもそも人材業界にいきたいと思っていたのも、キャリアコンサルタントや産業カウンセラーの資格を活かせると思ったからです。
そして、現在はコーチングも勉強しているので、やはりこれらの資格は生かしていきたい。
ただ活かすだけでなく、もっとカウンセリングやコーチングを身近なものにしていきたいと思っています。
そのためにこうして自分でWebサイトも立ち上げて副業としてやっていく一方で、本業にかける1日8時間、週40時間はそこに関わらないでいいのか?という疑問があります。
私はクリフトンストレングスという資質を診断するツールの結果で、34個の資質のTOP、つまり1番目が「親密性」でした。
簡単にいえば、自分が心を許した人や親しい人のために、物凄く頑張れるという資質です。
B社も通算で13年と長いこと勤めているので、この「親密性」が発揮される瞬間がある一方で、カウンセリングやコーチングに関わっていきたいという想いが強くなればなるほど、自分は何をやっているのだろうという嫌悪感も強く感じてしまいます。(これはクリフトンストレングスの5番目に、目標志向があるためかと思います。)
一方で、C社の時のような安易な転職も避けたいと考えており、私自身この先のキャリアをどうしていくかは、まだまだ模索中です。
どんなキャリアにも、きっと意味がある
正直なところ、私のこれまでのキャリアは、とても回り道をしながら歩んできたな、と思っています。
自分のこれまでの経歴にも自信がないですし、なかなか思い描いたような理想的なキャリアを歩むことができずに、”生きづらい”と感じることもあります。
ですが、その回り道がベストやベターではなかったとしても、意味は必ずあるのではないでしょうか。
私の場合は本音を言うと、カウンセリングやコーチングに関わっていきたいですし、本業では組織に対して、副業では個人に対してそれができたらベストです。
そのために必要な最短距離での経験だけ取捨択一できていれば、もっと早く資格を取得したり、仕事にもできていたかもしれません。
ですが、B社での経験がなければ、こうして自分でWebサイトを立ち上げることはなかったでしょう。
C社での経験がなければ、私はいまだに人材業界に憧れていたかもしれません。
A社で社会人としての基礎を培っていなければ、B社にもC社にも、入社できていなかったかもしれません。
過去と他人は変えられないが、未来と自分は変えられる。
有名な言葉かもしれませんが、これはカナダの精神科医「エリック・バーン」の言葉で、私が好きな言葉です。
一見すると回り道のようなキャリアも、一個一個を見直していくと、そこにはきちんと意味がある。
そこに気づき、未来と自分を変えていくことが、これから自分がベストなキャリアを実現していくための土台になるのではないでしょうか。
私自身もそれができたら、祖母が自殺した時からずっと未完了のままになっている「あの時、どうすれば防げていたのだろうか?」という感情を、いつかは完了させることができるのかもしれません。
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